猫頭の文房ブログ

人間を獣頭人身で「分類」すると、私めは猫頭。その書斎もとい文房(自室)日常ブログ

装飾意欲の回復?

今日はボランティア関連WEBサイトにクリスマス飾りを施した
http://hana.karakusamon.com/

6月にHTML(ハイバー・テクスト・マークアップ・ランゲージ) を、モバイル対応、HTML5利用に直したのだが、
スマホ対応って面倒なのでCSS装飾ほぼなしで、殺風景でした・・
・・飾ること・・ 装飾意欲の回復は、大事かもしれません
それって生きる楽しみ、本能的なものだと思う・・

30年来という感じの生命保険の切り替えを提案され、手続きをしきりに請われていたのであるが
ようやく腰を上げてやっつけ、
早く届けようと、午後でなくって、「黄金時間」(午前10時半ころ)に郵便を出しに行くと
11月に植え付けた花壇のパンジーの紫とスィート・アリッサムのレペテーションが、素敵になっていたのが
超うれしい!!

断腸亭日乗(その3)

荷風の『断腸亭日乗』の第1巻をようやく読み終えたのだが、
大正12年9月1日

日将に午ならむとする時天地忽動す。
予書架の下に坐し嚶鳴館遺草を読みいたりしが、
架上の書帙(しょちつ)頭上に落ちくるに驚き立って窓を開く。
門外塵烟濛々殆咫尺(ししゃく)を弁ぜす。
児女鶏犬の声頻りなり。(中略)予も亦徐に逃走の準備をなす。時に大地再び振動す

家は大丈夫だったようで、河原崎長十郎(歌舞伎役者)が荷風の家に避難してきたようだ
それとか、
大正15年1月2日になって、
大正改元の年の12月30日に父が脳溢血で倒れた時、箱根に八重次といて、
「心まどいて帰ることを忘れしこと、償いがたき吾が一生の過ちなれ。
その年の秋、正妻を迎えたれば、心の中八重次にはすまぬと思いいたるを以て、電話にて呼び寄せたりしなり。」
「先考(父)の学僕なりし小川新太郎とて、その時は海軍機関少監となりいたりし人、横須賀軍港より上京し、予が外泊の不始末を聞き、帯剣にて余を刺し殺さんとまで憤激したりし由なり」
「先考は耶蘇教徒にてはあらざりしかど、平生仏僧を憎み、耶蘇教には年会法事の如き煩累なければ、多忙の世には之に如くものなしなど語られしことありしかば、その如くになしたるなり」・・とあった・・
10月23日にはチューリップを植えようとしたら、鼠に食われてしまっていた話
12月14日は新聞を読んで
「陛下の病状を報道すること精細に極む。(中略)
世人は此等の記事を読みて徒にその報道の精細なるを喜びしものの如し。
然れども余をして言わしむれば、之国家の一大事にして、我が国古来の伝説はこの時全く破棄せられしものなり、
我が国の天子は生ける時より神の如く尊崇せられしものなりしに、
尿毒に侵されて死するが如き事実を公表するは、君主に対する詩的妄想の美感を傷つけること甚だしきものと謂うべし。」
12月25日に開元だったのね
この年の8月8日より銀座(尾張町)の「カフェ・タイガー」(酒楼 太牙)の話が出始める・・
『断腸亭日乗』の第1巻の栞なるものには、フランス文学者の鹿島茂さんが
「人生に四楽あり」という解説を書いていて
大正15(1926)年の正月22日に
蜀山人が擁書漫筆に清人石(厂プラス龍)天の語を引き、
人生に三楽あり、一には読書、二には好色、三には飲酒、是外は落落として全て是無き処。といいしもことわりなり」とある話だが、
その日の日乗には、
「一昨日贖来りし缾裏のバラ、花瓶に開き尽くして、薫香書斎に満ちたり。筆を擱きて静かに珈琲(口偏)をる。(中略)王次回が独居の七律あり。その中の語に、花影一缾香一榻。不妨清絶是孤眠.といえるをみて、予が今夜の孤坐の情懐、また全く斯くの如くなるを覚えたり覚えたり。」・・と、
(漢字が難しすぎるが)独居の楽しみという話もあった・・(いや、これ、花の楽しみでは)
鹿島茂さんは、「荷風は一般に読後感を記さない」といい、また、「風俗の冷徹な観察者」といい、
『断腸亭日乗』では、悪口がいいのだという・・人生の四楽として、四には悪口といってみたらどうかという。(笑)
それにしてもこのサイトには驚いた!!http://www.geocities.jp/hgonzaemon/index.html
http://www.geocities.jp/hgonzaemon/dannchoutei.html(『摘々録 断腸亭日乗』あり)