猫頭の文房ブログ

人間を獣頭人身で「分類」すると、私めは猫頭。その書斎もとい文房(自室)日常ブログ

『嫌われる勇気』

この本、2013年12月刊だが、よく読まれているようだ・・
アドラー心理学(勇気の心理学、個人心理学(英: individual psychology))ということだが・・
「どうすれば人は幸せに生きることができるか」
見返しに

全ての悩みは対人関係の悩みである
人はいま、この瞬間から幸せになることができる

本文から

人は誰しも、客観的な世界に住んでいるのではなく、自らが意味づけを施した主観的な世界に住んでいる
問題は世界がどうあるかではなく、あなたがどうあるかなのです
われわれを苦しめる劣等感は「客観的な事実」ではなく、「主観的な解釈」(勝手な思い込み)なのです
見かけの因果律、優越コンプレックス、「権威付け」「不幸自慢」

人生は他者との競争ではない
われわれは同じでないけれど「対等」

人生のタスク【課題】
(ひとりの個人が、社会的な存在として生きていこうとするとき、直面せざるを得ない対人関係)
行動面の目標は「自立すること」「社会と調和して暮らせること」
心理面のあり方の目標は「私には能力がある」という意識、「人々は私の仲間である」という意識

他者から承認を求めることを否定する
「あの人」の期待を満たすために生きてはいけない
「課題の分離」をしなければならない(自分の課題と他者の課題を分離していく必要がある)
あらゆる対人関係のトラブルは、他者の課題に土足で踏み込むことによって引き起こされる
他者の課題には介入せず、自分の課題には誰ひとりとして介入させない
他者から嫌われたくないと思うことは、人間にとってきわめて自然な欲望であり、
カントはそうした欲望を「傾向性」(本能的衝動的)と呼んだ
他者の評価を気にせず、他者から嫌われることを恐れず、承認されないかもしれないコストを支払わない限り、自分の生き方を貫くことはできない、つまり自由になれない
他者を評価しないこと
独善的に構えるのでもなければ、開き直るのでもなく、ただ課題を分離せよ、嫌われる可能性を恐れることなく前に進むこと

人が課題を前に踏みとどまっているのは、その人に能力がないからではない。課題に立ち向かう勇気がくじかれていることが問題なのだ
「わたし」は世界の中心に君臨しているのではない
人は「わたしは共同体にとって有益なのだ」と思えた時「わたしは他者に貢献できている」と思えた時こそ、自らの価値を実感できる

自己受容、他者信頼、他者貢献
(他者貢献とは、「わたし」を捨てて誰かに尽くすことではなく、むしろ「わたし」の価値を実感するためにこそ、なされるもの)
「特別な存在」でありたい人が進む、二つの道
他者の注目を集め、「普通」の状態から脱し、「特別な存在になる」・・安直な優越性の追求か、「普通であることの勇気」か
・・わざわざ自らの優越性を誇示する必要などない
「他者に貢献するのだ」という導きの星を掲げていれば常に幸福とともにあり、仲間とともにある
共同体感覚(独:Gemeinshaftsgefühl 英:Social Interest)

あなたの人生は「いま、ここ」で決まる(今できることを真剣かつ丁寧にやっていく)
・・人生は、いまこの瞬間をくるくるとダンスするように生きる、連続する刹那である
フロイトのような原因論に立っていると人生を因果律にもとづく大きな物語としてとらえてしまう
目的地に到達せんとする人生はキーネーシス的な人生(始点から終点までの運動)
ダンスを踊るのはダンス自体で目的地は存在しない。エネルゲイア的(現実活動態的)人生。刹那を踊ること。完結した刹那をダンスをするように生きること。嫌われる人には嫌われ、自由に生きてかまわない。 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉

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