猫頭の文房ブログ

人間を獣頭人身で「分類」すると、私めは猫頭。その書斎もとい文房(自室)日常ブログ

明日返却の図書 加藤周一著作集[文学の擁護]ぬきがきシゴトをここで〜〜(~_~;)

それにしても気がつくと
學燈社も2009年で
至文堂も2011年で休刊であったという・・・

・私は[文学]を広義に解釈し、それを科学技術文明に対して擁護する
・ラブレーの『ガルガンチュアとパンタグリュエルの物語』とモンテーニュの『エッセー』は16世紀フランス文学の双璧である。
前者は奇想天外な空想譚。後者は物静かな知恵の書である。
『エッセー』は『徒然草』よりはるかに『正法眼蔵』に近い。
前者はよほど学問のある人間[ユマニスト]の馬鹿話。
・日本文学は日本語文学と等値でない
・日本語文学が理屈を言わず、物のあわれ主義に徹しえたのは、日本人が他方で、すなわち中国語文学の中で、理屈を言い、人情を超える知的世界を十分に表現していたからにすぎない

・美しい文体で書いた作家は、ことごとく日本文学の古い伝統に深く学んだ作家で、幸田露伴は漢学に、泉鏡花は江戸戯作者に、夏目漱石と芥川龍之介は俳文・漢詩文に・・
・小林秀雄の立場はいわゆる「自然主義」以来の日本文学者のそれに似ているが、人生如何に生くべきかの表現を「告白」に求めず、「古典」との対話に求めるという点が異なる

『日本文学史序説』の方

分厚い・・文学だけでなく、政治経済いろいろ混じっている

日本文学の歴史は長かっただけでなく、発展の型に著しい特徴があった 
新旧が交代するのでなく、新が旧に付け加えられる
本居宣長の画期的な業績は、儒仏の影響の深く及んだ文化の中で
その影響を離れた日本土着の世界観を、知的に洗練された思想の水準までたかめたということである
馬琴の通俗大衆小説・・・空想的な話の筋と保守的な価値観の組み合わせ
歌舞伎最後の大作者といわれる河竹黙阿弥は、馬琴の小説の要点を舞台に移した

「皇国史観」などという語にぶつかっています

このBLOGについて

「断腸亭日乗」もどき、あるいは、我が「親愛なるキティーへ」もどきの
断腸→猫頭、亭→文房、日乗→日常

2007年から作成して(更新終了の今までのメインブログは、 はてなDiary)2013年からつけたし(←はてなBlog「興味シンシン」)、そして 2017年からこちらに一部引っ越しました。